かるみに

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敬語のルールが分からないんだけど、算数の時と同じで「割り切る力」が大事だなって話

Languages

最近、敬語を勉強する機会がありました。こんにちは。すーくです。

突然ですけど、敬語ってめちゃくちゃ難しくないですか?

例えば…

「よろしかったでしょうか」はアウトでで「出来ますでしょうか?」はセーフ。

「〜してもよろしいですか?」はアウトで、「〜出来ますがいかがいたしますか?」はセーフ

…うーん。

論理がはっきりしないので、「敬語って意味わからないな。」って思ったんですけど、この感覚は、算数や数学の授業に躓いてしまうときの感覚に似ていると思うんです。

例えば、割り算の感覚や、分数の考え方、マイナスを引くとプラスになるの四則演算…。

僕が敬語で躓いているのは、算数が理解できない子供の頃との考えと似ているなと思ったのでシェアします。

敬語って謎が多い。

敬語は、昔なかったルールが新たに生まれることのあります。尊敬語や謙譲語などは除いて、これらの言葉使いのルールには法則がほとんどありません。「聞き手の印象が良いから」や「世間ではこれが正しいから」などのように、正解は相手の感情に依存します。

だから、敬語においては

「これはそういうものだから」

と割り切るす必要があります。万人受けする正解がなく、不変ではないからね。

割り切ることが難しい場面は多い

割り切ることが敬語においては重要なんだけど、これって算数が理解できないのと同じだよね。

例えば…

1-(-5)=1+5

になぜなるのか、論理的に納得するのは難しい。

当時の僕は割り切れたけど、「なぜそうなるのか分からない」と悩んでいる人もいたと記憶している。ここで詰まって算数が嫌いになってた人もいた。

このとき、理解できる人と、理解できない人の違いは地頭の良さではない

「そういうものだから」と割り切れるかどうか

なんだよねー!

こういう説明は一度は聞いたことがあるはず

前向きをプラス、後ろ向きをマイナスとしたとき、後ろを向いてバックしたら前側に進む

だからマイナスとマイナスが重なるとプラスになる

この説明って論理的に正しいかって言われると、正しいとは言い難いよね。

「後ろ向いてバックしたら前に進むじゃん!だからマイナスとマイナスが重なるとプラスになるんだ!」と言うふうにこの定義が生まれたのではないはず。

この言葉は、「そういうものだから」と割り切るサポートをする説明。んで、僕らは見つけなきゃいけないのは、この考え。

成長って「そういうものだ」と割り切れるチカラ

ぼくは敬語の言葉遣いの不確かさには全く納得していないけれど、いつかは理解出来る日が来るかもしれない。

何故そうなるのかは学者に任せて、ぼくは「そういうものだから」と割り切るように努めたいし、その方が成長速度は間違いなく早いよね。